私たちが血液医療の実現を目指すに至った背景および血液医療の具体的な実現方法を紹介いたします。
1. 再生医療が抱える課題
イモリの手足は再生できてもヒトではできません。その理由は多能性幹細胞の有無です。多能性幹細胞はどんな細胞にも分化できますが、ヒトには多能性幹細胞がほぼ存在しません。
そこで山中教授らは多能性幹細胞を人工的に作製することを目指し、ヒトの皮膚の細胞の遺伝子を操作して多能性幹細胞と良く性質が似た細胞(iPS細胞)を作製しました。iPS細胞の誕生によって失った手足や臓器の再生が可能になることが期待されました。

しかし、その後の研究からiPS細胞の分化能は本物の多能性幹細胞の分化能と比べて劣っており、分化可能な細胞も限られていることが分かってきました。iPS細胞の発見から15年近く経ってもなお人工臓器の完成に至っていないのが現状です。
再生医療の発展には「多能性幹細胞に良く似た細胞」ではなく「多能性幹細胞」の作製が必要です。
2. 真の多能性幹細胞を作製するには
真の多能性幹細胞を作製するためにはiPS細胞の作製方法の検討で採用されていた研究方法を現代式に改変する必要があります。
iPS細胞を作製するために操作が必要な遺伝子は、数十もの遺伝子を1つずつ操作して、多能性幹細胞と遺伝子発現が似た細胞に変化したか等により調べて決められました。
しかし、現在では遺伝子発現の状態が似ていてもエピゲノムの状態が似ていなければ同じ細胞とはみなしません。エピゲノムはDNAのメチル化やDNAの立体的な構造等ことで、細胞の未来の状態を表す情報です。エピゲノムが異なれば細胞の分化は異なります。iPS細胞が真の多能性幹細胞と異なる理由はエピゲノムの状態が異なることに起因していると言えるでしょう。

そこで、多能生幹細胞の遺伝子発現とエピゲノムを調べ、一方で皮膚の細胞に対しても調べ、皮膚の細胞から得られたデータに対してどのような遺伝子操作をすれば多能性幹細胞のデータになるか調べることで真の多能性幹細胞が得られると思われています。
3. 血液医療の誕生
前述したアプローチはリプログラミングと呼ばれ、再生医療の分野以外でも応用が可能です。
例えば、皮膚の細胞を老化した細胞、多能性幹細胞を若い細胞と置き換えることで、若返るために操作が必要な遺伝子が明らかになると期待されています。このように幹細胞を介さずに直接目的の状態へ変換する方法は特に「ダイレクトリプログラミング(DR)」と呼ばれています。

DRを利用すれば、痩せるために操作が必要な遺伝子や病気の状態から回復するために操作が必要な遺伝子等も同定できます。同定した遺伝子に対する操作を血液に対して実施することで体全体が変わると考えられます。しかし、このように血液のDRを介して治療をするという考え方はまだ確立された概念ではないようです。そこで私たちは血液DRによる治療を新たに「血液医療」と呼ぶことにしました。
4. 血液医療の重要性
罹患者数が多い一方で治療法が確立されていない疾患群を Unmet Medical Needs (UMN) と呼びます。抗生物質が未発見であった時代では感染症が主なUMNでした。現代においてはがんが主なUMNですが、医療の発展に伴い徐々に克服されつつあり、数年後の主なUMNは発達障害・うつ・認知症などの脳に起因する「精神神経疾患」や、それが克服された後の「老化」に変化すると推測されています。

しかし、精神神経疾患の克服は容易ではありません。がん等のこれまでの疾患は患者から患部を摘出し実験をすることができましたが、精神神経疾患の患部である脳を摘出して研究することができないためです。また、脳はヒトに特有な器官であり、マウスなどの動物実験で代替することができないことも理由の1つです。
一方で、血液医療は上記の問題を解決可能であると私たちは考えています。脳の異常は血液に現れ、その異常な状態の血液を健常に戻すことで間接的に脳の異常を回復させる可能性があるためです。血液医療の発展は今後のUMNの解消に必須です。
5. バーチャル細胞の作成
DRの研究を山中教授らと同じ方法で、すなわち数百の遺伝子について1つずつ操作して研究をすると莫大なコストと時間がかかります。
事実、山中教授らはiPS細胞の作製に操作が必要な遺伝子を同定するために7年もの時間を費やしました。この方法を疾患や患者毎に実施するのは非現実的です。
そこで私たちは、バイオインフォマティクスの最先端の技術に深層学習/LLMを組み合わせた細胞モデル「バーチャル細胞」の構築に取り組んでいます。
バーチャル細胞に患者の血液の情報を入力するだけで、健康を取り戻すために操作が必要な遺伝子をオーダーメイドに導出することがパソコン上で可能となります。
コメント