1. 内積空間
本節で扱う定義や定理は、ベクトル空間の要素として複素数も含めてた複素ベクトル空間でも成立する内容になります。
(1) 内積の定義
第1章の定義1.12(以下の記事参照)では内積を成分によって定義しましたが、一般には抽象化して定義します。
1. 対称性(実)/ 共役対称性(複素)
実ベクトル空間の場合:$\langle u,v\rangle=\langle v,u\rangle$ 複素ベクトル空間の場合:$\langle u,v\rangle=\overline{\langle v,u\rangle}$
2. 線形性(第1引数について)
任意のスカラー $a,b$、任意の $u_1,u_2,v\in V$ に対し $$ \langle au_1+bu_2,\ v\rangle=a\langle u_1,v\rangle+b\langle u_2,v\rangle $$ 複素ベクトル空間の場合は第2引数については 共役線形性:$\langle u,\ av_1+bv_2\rangle=\overline{a}\langle u,v_1\rangle+\overline{b}\langle u,v_2\rangle$。
3. 正値性
$\langle v,v\rangle\ge 0$ かつ $\langle v,v\rangle=0\Rightarrow v=\mathbf{0}$
(2) ノルムの定義 (再掲)
以下の記事で扱ったように第1章の定義1.13のノルムの定義と同様、ノルムは内積から定めます。
(3) 角度の定義
第1章の定理1.15では先に角度という概念がありそれを内積で表現しましたが、より一般的には角度も内積から定めます。
なお、後述するコーシー・シュワルツより分母は $0$ でなく $|\cos\theta|\le 1$です。
(4) 内積空間の定義
(5) 内積空間に関する定理(1):コーシー・シュワルツの不等式
証明をみる
$t\in\mathbb{R}$ と任意に取り、$|u-tv|^2\ge 0$ を用いる: $$ |u-tv|^2=\langle u-tv,\ u-tv\rangle=|u|^2-2t\Re\langle u,v\rangle+t^2|v|^2\ge 0 $$ これは $t$ の二次式の判別式が非正であることに等価だから $$ \big(\Re\langle u,v\rangle\big)^2\le |u|^2|v|^2 $$ 同様に $u$ と $iv$ を用いると $\big(\Im\langle u,v\rangle\big)^2\le |u|^2|v|^2$。よって $$ \|\langle u,v\rangle\|^2=(\Re\langle u,v\rangle)^2+(\Im\langle u,v\rangle)^2\le |u|^2|v|^2 $$ 平方根を取って主張が従う。$\square$(6) 内積空間に関する定理(2):三角不等式 (再掲)
以下の記事の定理1.16でも扱いました。複素ベクトル空間に拡張しても成立します。
証明をみる
$$ |u+v|^2=|u|^2+2\Re\langle u,v\rangle+|v|^2\le |u|^2+2|u||v|+|v|^2=(|u|+|v|)^2 $$ 両辺平方根で結論。$\squar2. 実内積空間
本節では、要素が実数の内積空間である実内積空間に焦点を絞った定義や定理を扱います。
(1) 実内積の標準定義
- 対称性:$u_iv_i=v_iu_i$ より $\sum u_iv_i=\sum v_iu_i$
- 線形性:和とスカラー倍が成分ごとに分配される
- 正値性:$\langle v,v\rangle=\sum v_i^2\ge 0$、ゼロなら全成分 $0$
定義13.8は第1章で扱った以下の記事の定義1.12と同じ内容になります。
(2) 様々な行列(26):対称行列
(3) 様々な行列(27):直交行列
(4) 実内積空間に関する定理(1):直交行列の性質
証明をみる
$$ Q^{\mathsf T}Q=\begin{pmatrix} \langle q_1,q_1\rangle & \cdots & \langle q_1,q_n\rangle\\ \vdots & \ddots & \vdots\\ \langle q_n,q_1\rangle & \cdots & \langle q_n,q_n\rangle \end{pmatrix}=I $$ よって成分ごとに結論。$\square$(5) 実内積空間に関する定理(2):対称行列は可換
証明をみる
$A=A^T$より、$AA^T=A^2$かつ$A^T A=A^2$より明らか。(5) 実内積空間に関する定理(3):対称行列と転置行列
証明をみる
$$ (A^{\mathsf T}A)^{\mathsf T}=A^{\mathsf T}(A^{\mathsf T})^{\mathsf T}=A^{\mathsf T}A $$ よって対称。$\square$(6) 実内積空間に関する定理(4):対称行列と逆行列
証明をみる
$$ (A^{-1})^{\mathsf T}=(A^{\mathsf T})^{-1}=A^{-1} $$ よって対称。$\square$(7) 実内積空間に関する定理(5):対称行列と直交行列
証明をみる
1) 固有値が実数$A$ が対称、固有ベクトル $x\neq 0$ に対し $Ax=\lambda x$。内積を使うと $$ \lambda|x|^2=\langle \lambda x,x\rangle=\langle Ax,x\rangle=\langle x,A^{\mathsf T}x\rangle=\langle x,Ax\rangle=\langle x,\lambda x\rangle=\overline{\lambda}|x|^2 $$ よって$\lambda=\overline{\lambda}$、従って $\lambda\in\mathbb{R}$。
2) 固有ベクトルの直交性
$Ax=\lambda x,\ Ay=\mu y,\ \lambda\ne\mu$ とすると $$ \lambda\langle x,y\rangle=\langle Ax,y\rangle=\langle x,A^{\mathsf T}y\rangle=\langle x,Ay\rangle=\mu\langle x,y\rangle $$ よって $(\lambda-\mu)\langle x,y\rangle=0$、したがって $\langle x,y\rangle=0$。
3) 直交行列による分解
$A$の固有ベクトルは互いに直行するから、ノルムを1として並べると直交行列$Q$が得られ、$Q$で固有値分解ができるから$A=Q\Lambda Q^{\mathsf T}$。$\square$
3. 複素内積空間
本節では、要素が複素数の内積空間である複素内積空間で成立するより一般的な定義や定理を扱います。
(1) エルミート形式の定義
- エルミート対称性:$(x,y)=\overline{(y,x)}$
- 線形性:任意の $a,b\in\mathbb{C}$、$x_1,x_2,y\in V$ で
- $(ax_1+bx_2,\ y)=a(x_1,y)+b(x_2,y)$
- $(x,\ ay_1+by_2)=\overline{a}(x,y_1)+\overline{b}(x,y_2)$)
(2) エルミート内積の定義
(3) 複素内積の標準定義
なぜ片方の共役をとるのか?
もし実のときと同様に $\sum u_i v_i$ と定めると、$u=iv$ で $\langle v,iv\rangle=\sum v_i(iv_i)=i\sum v_i^2$ が純虚数になり、$|v|^2=\langle v,v\rangle$ が正実にならない。共役を入れると
$$
\langle v,v\rangle=\sum_i \overline{v_i}v_i=\sum_i |v_i|^2\ge 0
$$
となり正値性が確保される。よって「片方に共役」を入れることは、複素ベクトルで 長さの概念(正値ノルム) を実現するために本質的である。
(4) 様々な行列(28):エルミート共役
(5) 様々な行列(29):エルミート行列
(6) 様々な行列(30):ユニタリ行列
(7) 様々な行列(31):正規行列
(8) 複素内積空間に関する定理(1):ユニタリ行列の性質
証明をみる
まず,$U$ の列を $$U=\bigl[\,u_1\ \ u_2\ \ \cdots\ \ u_n\,\bigr]$$ と書く。すると $$ U^\ast U = \begin{bmatrix} u_1^\ast\\ u_2^\ast\\ \vdots\\ u_n^\ast \end{bmatrix} \bigl[\,u_1\ \cdots\ u_n\,\bigr] = \bigl[\,u_i^\ast u_j\,\bigr]_{i,j=1}^n = \bigl[\,\langle u_i,\,u_j\rangle\,\bigr]_{i,j=1}^n. $$ ユニタリ性より $U^\ast U=I$ であるから, $$ \langle u_i,\,u_j\rangle=\delta_{ij}\qquad(1\le i,j\le n). $$
- $i\ne j$ のとき $\langle u_i,\,u_j\rangle=0$:列ベクトルどうしは直交。
- $i=j$ のとき $\langle u_i,\,u_i\rangle=1$:各列ベクトルは長さ 1(正規化)。
したがって,$U$ の列ベクトルは互いに直交し,かつ正規化されている(正規直交系)。同様に $UU^\ast=I$ から,行ベクトルも正規直交系である。
(9) 複素内積空間に関する定理(2):エルミート行列は可換
証明をみる
$A=A^\ast$より$AA^\ast = A^2$かつ$A^\ast A = A^2$より明らか。(9) 複素内積空間に関する定理(3):エルミート行列とユニタリ行列
証明をみる
異なる固有値に属する固有ベクトルは $$ \lambda\langle v,w\rangle=\langle Av,w\rangle=\langle v,A^\ast w\rangle=\langle v,Aw\rangle=\mu\langle v,w\rangle $$ から直交。各固有空間内も Gram–Schmidt により直交化できるので、直交規格化した固有ベクトル全体でユニタリ $U$ を作ると $U^\ast AU=\Lambda$(対角)。同値に $A=U\Lambda U^\ast$。$\square$(10) 複素内積空間に関する定理(4):正規行列とユニタリ行列
証明をみる
- 任意の $A$ に対しユニタリ Schur 分解が取れる:$A=UTU^\*$($U$ ユニタリ,$T$ 上三角。対角成分は固有値)。
- $A$ が正規なら $T$ も正規(ユニタリ同値で正規性は保存)。
- 上三角で正規な行列は対角行列である(例えば $\|Te_1\|=\|T^\*e_1\|$ から第1行の非対角が 0,帰納で全非対角が消える)。
- したがって $U^\*AU=T$ は対角。ゆえに $A$ はユニタリで対角化可能。
(11) 複素内積空間に関する定理(5):エルミート形式と正規直交化
証明をみる
$$ W^\ast W =(\Lambda^{-1/2})^\ast U^\ast V^\ast V U \Lambda^{-1/2} =\Lambda^{-1/2}(U^\ast H U)\Lambda^{-1/2} =\Lambda^{-1/2}\Lambda\ \Lambda^{-1/2} =I $$ よって列が互いに直交で長さ1。各 $w_i$ は $V$ の張る空間に属するから、元の基底の張る空間と同じ部分空間の正規直交基底になっている。$\square$4. 正値と負値
エルミート行列に対しては正値や負値という概念が定義できる。
(1) 様々な行列(32):正(定)値行列
(2) 正値に関する定理
証明をみる
$A=U\Lambda U^\ast$、$y=U^\ast x$ とおくと $$ x^\ast A x=y^\ast\Lambda y=\sum_i \lambda_i |y_i|^2 $$ これが任意の $x\ne 0$ で $>0$ ⇔ すべて $\lambda_i>0$。(3) 様々な行列(33):負(定)値行列
負値であることと固有値が全て負であることは同値である。定理13.29の正値に関する定理と同様にして証明できる。
(4) 様々な行列(34):半正(定)値行列・半負(定)値行列
$A$が半負(定)値行列であるとは$x^\ast A x\le 0$を満たすことであり$A\le 0$ と表記する。
半正(定)値行列であることと固有値が全て0以上であることは同値である。また、半負(定)値行列であることと固有値が全て0以下であることは同値である。
上記は定理13.29の正値に関する定理と同様にして証明できる。
(5) 様々な行列(35):非負(定)値行列・半正(定)値行列
$A$が半負(定)値行列であるとは$x^\ast A x\le 0$を満たすことであり$A\le 0$ と表記する。
定義13.32は定義13.31と同じ主張を異なる用語で表現したもので、固有値との関係性も同じである。
(6) 様々な行列(36):不定
(6) 様々な行列(37):退化
(7) 退化に関する定理
証明をみる
$\det A=0$ ⇔ 0 が固有値 ⇔ ある非零 $x$ で $Ax=0$ ⇔ $x^\ast A x=0$。(8) 行列の大小
(9) 行列の大小に関する定理(1)
証明をみる
1) 可逆性:$\lambda_i>0$(全固有値)より $0$ は固有値でない、したがって正則。2) 正定性: $$ x^\ast A^{-1} x=(A^{-1}x)^\ast A (A^{-1}x)>0\quad(x\ne 0) $$ よって $A^{-1}>0$。$\square$
(10) 行列の大小に関する定理(2)
証明をみる
$A,B>0$、$A\ge B$。まず $C:=A^{-1/2}BA^{-1/2}\le I$(両辺を $A^{-1/2}$ で挟む)。正定値で $C\le I$ なら $C^{-1}\ge I$。ここで $$ C^{-1}=A^{1/2}B^{-1}A^{1/2}\ge I $$ 両辺を $A^{-1/2}$ で挟むと $$ B^{-1}\ge A^{-1} $$ が得られる。$\square$5. その他のエルミート内積
(1) エルミート形式の行列表現
従って、エルミート行列はエルミート形式の定義そのものである。
証明をみる
1. エルミート対称性$$ (y,x)=y^\ast H x=\overline{(x^\ast H y)}=\overline{(x,y)} $$
2. 第1引数の線形性
$$ (ax_1+bx_2,\ y)=(ax_1+bx_2)^\ast H y=\overline{a}(x_1^\ast H y)+\overline{b}(x_2^\ast H y) $$ ここで「第1引数に線形」を選ぶか「第2引数に線形」を選ぶかは流儀の問題。上では 第2引数が線形 になる定義もあり得る。以後は「第1引数線形・第2引数共役線形」に整えるため、必要なら $(x,y)=y^\ast H x$ と定義し直してもよい(両者は入れ替えで等価)。重要なのは「一方を線形、他方を共役線形」にすることと、$(x,x)$ が実になること。
(2) エルミート内積の行列表現
証明をみる
エルミート対称・(共役)線形は (1) と同じ。正値性:$x\ne 0$ で $x^\ast H x>0$ が正定値の定義。よって $$ \langle x,x\rangle_H=x^\ast H x>0\quad(x\ne 0) $$ これにより $|x|_H:=\sqrt{x^\ast H x}$ がノルムになる($H$ が重み行列の役割)。
(3) 2乗可積分関数空間のエルミート内積
証明をみる
1. エルミート対称性$$ \langle g,f\rangle=\int \overline{g(x)}\,f(x)\,dx=\overline{\int \overline{f(x)}\,g(x)\,dx}=\overline{\langle f,g\rangle} $$
2. 線形性(第1引数)
$a,b\in\mathbb{C}$、$f_1,f_2,g\in L^2$ で $$ \langle af_1+bf_2,\ g\rangle=\int \overline{af_1+bf_2}\,g=\overline{a}\int \overline{f_1}g+\overline{b}\int \overline{f_2}g=\overline{a}\langle f_1,g\rangle+\overline{b}\langle f_2,g\rangle $$ (第2引数は共役線形)。
3. 正値性
$$ \langle f,f\rangle=\int \overline{f}f=\int |f|^2\ge 0 $$ $\langle f,f\rangle=0$ なら $|f|^2=0$ がほとんど至る所で成り立ち、$f=0$(零関数)と同一視。
よって内積の三条件を満たす。$\square$