Dnmt1(DNA methyltransferase 1)は、哺乳類の5つのDNAメチルトランスフェラーゼ(DNMTs)の一つです。他のDNAメチルトランスフェラーゼとは異なり、Dnmt1は主に半保存的複製中に親鎖から娘鎖へとメチル基を維持(メンテナンス)する役割を持っており、細胞分裂時にメチル化パターンを維持します。この性質から、かつては「メンテナンスメチルトランスフェラーゼ」とも呼ばれていました。
役割と構造
Dnmt1の作用原理は、シトシンのC5位にメチル基(-CH3)を転移することで、複製後に新たに合成されたDNA鎖のメチル化パターンを親鎖と同じにします。すなわち、Dnmt1は基質としてヘミメチル化DNAを認識し、それを完全メチル化DNAに変換します。
Dnmt1の構造は、N-末端部、C-末端部とも機能ドメインが異なる多ドメインタンパク質という特徴があります。N-末端部には複数の特異的なドメインと結合部位が含まれています。相互作用パートナータンパク質との相互作用や細胞内局在の制御、そして複製中の親鎖のメチル基を正確に認識し、新たな娘鎖に適切に転写するために用いられます。
一方、C-末端部には、メチル基の供与体であるS-アデノシルメチオニン(SAM)とともにヘミメチル化DNAを結合するためのドメインが存在します。
反応機序
Dnmt1の作用手順は以下のとおりです。まず、Dnmt1はヘミメチル化DNAを認識します。次に、C-末端の催化ドメインがSAMとヘミメチル化DNAを結合します。最後に、シトシンのC5位にメチル基を転移します。このとき、メチル基の供与体であるSAMはS-アデノシルホモシステイン(SAH)に変換されます。
これは化学反応式で表すと以下のようになります。
Dnmt1 + ヘミメチル化DNA + SAM → 完全メチル化DNA + Dnmt1 + SAH
応用
Dnmt1は細胞の老化や癌の発症など、さまざまな生物学的現象に関わっています。癌では、遺伝子の異常なメチル化がしばしば見られ、Dnmt1がその一因とされています。また、Dnmt1の機能異常は神経変性疾患の一因とも考えられています。
最近では、Dnmt1を標的とする癌治療薬の開発が進められています。その一例として、Dnmt1の活性を阻害する小分子化合物が発見されています。これらの化合物は、癌細胞の異常なメチル化パターンを修正し、正常な細胞へと戻すことを目指しています。
また、Dnmt1が持つエピゲノム情報の維持機能を利用し、幹細胞やiPS細胞の生成、分化の制御など、細胞操作の分野での応用も期待されています。
エピゲノム
Dnmt1はエピゲノム、つまり遺伝情報そのものではなく、その発現を制御する情報の維持に深く関与しています。DNAメチル化はエピジェネティックな修飾の一形態であり、遺伝子の発現パターンを制御します。これにより、同じ遺伝情報を持つ細胞でも組織や細胞の種類に応じて異なる機能を発揮することが可能となっています。
歴史
Dnmt1は、1980年代に初めて発見されました。それ以来、DNAメチル化とエピジェネティクスにおけるその重要な役割が次々と明らかにされてきました。
参考書籍
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- バイオ実験法&必須データポケットマニュアル―ラボですぐに使える基本操作といつでも役立つ重要データ
- バイオ実験超基本Q&A―意外に知らない、いまさら聞けない
バイオ実験イラストレイテッド
- バイオ実験イラストレイテッド〈1〉分子生物学実験の基礎 (細胞工学別冊 目で見る実験ノートシリーズ)
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