ヒト人工染色体(Human Artificial Chromosome, HAC)とは、ヒトを宿主とした人工的染色体です。
構築方法
HAC の構築方法には大別して、ボトムアップアプローチとトップダウンアプローチの二つがあります。
ボトムアップアプローチを用いた de novo HAC の構築は、1997年 Harrington らにより初めて報告されました。アルフォイド DNA(ヒト染色体のセントロメア領域に局在する反復配列)と選択マーカーなどを、プラスミド、酵母人工染色体(yeast artificial chromosome:YAC)、大腸菌人工染色体(bacterial artificial chromosome:BAC)、P1ファージ由来人工染色体(P1-derived artificial chromosome:PAC)にクローニングし、ヒト HT1080細胞に導入して構築します。
トップダウンアプローチでは、染色体改変技術を用いて、天然の染色体から不要な遺伝子を取り除いて短くし、テロメア・セントロメアと複製起点のみからなるミニ染色体を構築します。染色体の末端構造であるテロメア配列を染色体上に挿入するとその部位で染色体が切断され、染色体が短くなります。実際、この方法を用いて、ヒト X、Y染色体から短腕と長腕それぞれの大部分の配列を除去したミニ染色体が作製されています。
クローニング手順
HACベクターへの遺伝子搭載方法は環状インサート型と染色体転座型の二つのクローニング方法に分類されます。
環状インサート型ではプラスミド、BAC、PAC、YACなどを利用できることから任意の遺伝子改変を施した後、HACベクター上へ環状インサートを搭載できる利点があります。
染色体転座型クローニング法は Mb 単位の巨大な染色体領域でもクローニングできるものの、ヒト染色体を保持するトリ DT40ライブラリーが必須であること、環状インサート型よりも操作のステップが多いこと、変異導入が容易でないことなどが問題点です。
応用
HACベクターの利点を用いれば、患者の染色体上の遺伝子を破壊することなく治療遺伝子を導入することもできます。それに加え、導入された遺伝子の発現は長期的に持続されます。
HACベクターを用いた遺伝子・細胞治療モデルは、従来のベクター系では治療できなかった筋ジストロフィーや糖尿病のヒトへの治療的試みへ応用可能です。
課題
現時点で、HACベクターの構造を損なわずに受容細胞に移入する方法は,微小核細胞融合法(microcell-mediated chromosome transfer:MMCT)です。
MMCTとは、細胞をコルセミドで長時間処理し、細胞内に1個から複数個の染色体を含む微小核を形成させて、サイトカラシン B の脱核作用により微小核を回収した後に、目的の細胞との細胞融合により特定の染色体を含む細胞を取得する技術です。
しかしながら,HACベクターが移入された細胞を得られる効率は1×105個の細胞あたり、1細胞程度と低いです。
分裂限界を持たないES細胞や株化された細胞株ではMMCTによるHACベクターの移入効率は問題になりません。しかし、一方でHACベクターを遺伝子治療に適用するとなると、患者からの細胞採取、体外増幅、HACベクターの移入、自家移植という手順からなるいわゆる ex vivo 遺伝子細胞治療が現実的ですが、これを実現するにはMMCTの効率化を図ることが大きな課題となります。
参考書籍
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- バイオ実験法&必須データポケットマニュアル―ラボですぐに使える基本操作といつでも役立つ重要データ
- バイオ実験超基本Q&A―意外に知らない、いまさら聞けない
バイオ実験イラストレイテッド
- バイオ実験イラストレイテッド〈1〉分子生物学実験の基礎 (細胞工学別冊 目で見る実験ノートシリーズ)
- バイオ実験イラストレイテッド②
- バイオ実験イラストレイテッド〈3+〉本当にふえるPCR (目で見る実験ノートシリーズ)
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- バイオ実験イラストレイテッド〈5〉タンパクなんてこわくない (目で見る実験ノートシリーズ)
- バイオ実験イラストレイテッド⑥
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