酵母人工染色体(Yeast Artificial Chromosome; YAC)とは、遺伝工学において用いられるベクターの一種で、非常に長いDNA断片(約100〜1000kbp)をクローニングすることが可能です。
構造および機序
YACの基本的な構造は、プラスミドベクターと同様に、複製の開始点となるオリジン(origin)、抗生物質耐性遺伝子などのマーカー遺伝子、そしてDNA断片を挿入するためのマルチクローニングサイト(MCS)からなります。
その他、酵母の染色体の特性を付与するために、テロメア、セントロメア、重複配列領域、ヒストン遺伝子が含まれています。
これらにより、YACは酵母細胞内で自然の染色体と同様に複製・分裂することが可能となっています。
実験手順
実験の基本的な手順は以下の通りです。
- 1. ヒト等の対象から得られた大量のDNAを一度にYACに組み込む
- 2. 組み込まれたYACを酵母細胞に導入する
- 3. 酵母細胞を増殖させ、その中に含まれるYACを抽出する
- 4. YACを切断し、どのような遺伝子が含まれているのかを解析する
特徴と応用
YACの最大の特徴は、非常に長いDNA断片をクローニングすることが可能である点です。
これは他のベクター、例えばプラスミドやコスミドベクター等と比較しても優れています。
これにより、YACはゲノムの大部分を網羅することが可能で、遺伝地図の作成に役立っています。
実際、人間のゲノムプロジェクトにおいて、約160,000個の人間の遺伝子を約1,000個のYACにクローニングし、その配列を全て解読することが試みられました。このように、大規模なゲノム解析にYACは利用されています。
関連する概念・用語との比較
YACと似たような機能を持つベクターとしては、プラスミドやコスミドがあります。
プラスミドは最も基本的なベクターで、小さなDNA断片(20kbp以下)をクローニングすることが可能です。
一方、コスミドはファージの一部とプラスミドを組み合わせたもので、少し大きなDNA断片(37-52kbp)をクローニングできます。
しかし、これらはYACと比較するとクローニングできるDNAの容量に大きな差があります。
歴史・経緯
YACは1983年にMurrayとSzostakによって開発され、その後、遺伝子クローニングやゲノム解析のための工具として広く使われるようになりました。
問題点・課題とその対応策
YACの最大の問題点は、クローニングされるDNA断片が大きいため、その取扱いが困難であることです。
また、不完全な複製や欠損変異体の発生、挿入部位への選択性が無い等の問題も存在します。
これらの問題を解決するためには、ベクターの改良や遺伝子操作技術の進歩が求められます。
特に大規模な遺伝子解析を行う場合には、これらの問題を理解し、それに対応するための適切な手法を選択することが重要となります。
参考書籍
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- バイオ実験イラストレイテッド〈1〉分子生物学実験の基礎 (細胞工学別冊 目で見る実験ノートシリーズ)
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- バイオ実験イラストレイテッド〈3+〉本当にふえるPCR (目で見る実験ノートシリーズ)
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