【#3】肺炎球菌特異的な薬剤感受性の仕組み(3)

業績解説

現在の私の研究: qmer法/翻訳速度ベクトルの礎となった、研究について紹介します。この記事では特に博士課程の研究(以下の論文)について説明します。学部4年時代の研究についてはこちら。修士課程の研究についてはこちら

Shoji T, Takaya A, Kusuya Y, Takahashi H, Kawashima H (2021) Ribosome Profiling in Streptococcus pneumoniae Reveals the Role of Methylation of 23S rRNA Nucleotide G748 on Ribosome Stalling. J Genet Genomic Sci 6: 024.

研究の背景

学部時代と修士課程での研究から、肺炎球菌の23S リボソームRNAの748番目のグアニン(23S rRNA G748)のメチル化抗生物質:テリスロマイシン(TEL)が結合に重要であることが明らかとなりました。

しかし、よく考えるとこれはおかしな話です。G748のメチル化はTELの結合を強化するのだから、肺炎球菌にとってG748メチル化は存在しない方が良いはずです。そこで、G748のメチル化肺炎球菌にとって重要な役割を担っていると考えられます。博士課程ではその役割を調べました。

Ribo-Seq を肺炎球菌で確立

G748のメチル化リボソームの部品の1つです。翻訳に重要であると考えるのが自然です。そこで、当時新しく報告されたRibo-Seqという手法により、リボソームmRNA上での位置と数を網羅的に調べることにしました(下図)。

ただ、Ribo-Seqを肺炎球菌で実施した論文はなく、系の確立には苦労をしました。

1年ほどかけて実験を成功に導き、野生(Sp284)およびRlmAII欠損株(Sp379)の2つの株でRibo-Seqを実施することができました。

実験の結果、これまでの報告されてきたRibo-Seqとは異なり、ノイズが殆ど存在しないとても綺麗な結果が得られました(上図)。

G748メチル化とRibosome Stalling

上の図はerm(B)と言う遺伝子のみに対して調べたものです。そこで、全体的に見たときに、どのようなリボソーム分布になっているか調べました。各遺伝子の1塩基目を揃えて各塩基位置でのリボソームの平均的な数を描画しました(右図)。

その結果、RlmAII欠損株(Sp379)では野生株(Sp284)と比べて遺伝子の後半でリボソームの積み上がりが多いことがわかりました。

リボソームが積み上がっている場所は「Ribosome Stalling」と言う、翻訳中にリボソームが停止してしまう現象が生じた場所と考えられます。すなわち、RlmAIIによるG748のメチル化は、Ribosome Stalling を防ぐ役割をしていた可能性が考えられました。

RNA footprint 法による確認実験

話を進める前に、Ribo-Seqで得られたピークが本当にリボソーム停止に対応しているか調べる必要があります。そこで、たった一箇所ではありますが、erm(B)と言う遺伝子の上流部分(ermBL)についてリボソームが実際に停止しているかRNA footprint 法により調べました。RNA footprint 法の詳細についてはこちらで説明しています。

ermBLmRNAは下図の(A)のような二次構造を形成することが既に知られており、下図の(B)のvitroのlaneのように、total RNA (rRNAtRNAmRNAmiRNA、その他のnon-coding RNA等全てを含むRNA画分のこと) を抽出してからDMSを加えてもDMSによるメチル化部位が二次構造の形成に利用されているため、メチル化は生じません。一方で、リボソームが該当箇所で停止していた場合は、二次構造が壊れてDMSによるメチル化が生じるようになることが既報で示されています。

そこで、total RNAを抽出する前の培養液に直接DMSを加えてからtotal RNAを抽出してメチル化を調べました。ただし、メチル化の分布が見えやすくなるように、erm(B)遺伝子プラスミドで導入して過剰発現させた株を用いています。

すると、野生株に対応する株(Sp380)ではメチル化が生じており((B)のSp380のvivo lane)、一方で欠損株に対応する株(Sp382)ではメチル化は生じていませんでした((B)のSp382vivoのlane)。つまり、野生株(Sp380)では二次構造が壊れており、欠損株(Sp382)では二次構造が vitro と同じであることが分かりました。

二次構造が壊れていた理由はリボソーム停止によるものだと考えるのが妥当でしょう。従って、Ribo-Seqで認められたリボソームの積み重なりはRibosome Stallingに対応していると言って良いことが証明できました。

翻訳速度ベクトルの登場

リボソームが停止してしまう理由は複数ありますが、今回の研究においてはG748メチル化が停止に関わっていると考えるのが妥当でしょう。G748メチル化リボソーム新生ペプチドトンネル(NPET)のペプチジルトランスフェラーゼ活性中心 (Peptidyl Transferase Center: PTC)近くに存在します。リボソームが停止する要因の1つとして、NPETと新生ペプチドとの物理的な相互作用によるものがあるので、今回のRibosome Stalling も同様の理由によって生じたと考えられます。

そこで、停止リボソームのNPET内のアミノ酸配列を野生型およびRlmAII欠損株から集めてきて、停止モチーフトリペプチドとして纏めました(下図)。

具体的には、全8000種類のトリペプチドに対して、NPET内での相対的な出現頻度を表すベクトルとして与えられます。これが翻訳速度ベクトルの原点です。

今回の研究では、出現頻度に対して閾値を設けて、停止モチーフとして結果をまとめました。その結果、野生株とRlmAII欠損株では停止モチーフが大きく異なっていました。

翻訳速度ベクトルの生理的意義

翻訳速度ベクトル、または、停止モチーフでも良いですが、これらは細胞において重要な役割を担っているのでしょうか。大した役割がないならば、G748メチル化の役割として報告してもあまり意味がありません。

そこで、肺炎球菌がコードするタンパク全てについて頻出するトリペプチドと停止モチーフの積集合を比べてみました。

その結果、野生株では積集合が小さいのに対して、RlmAII欠損株では積集合が有意に大きいことが分かりました(下図)。

この結果は、停止モチーフは出現回数が少ないように進化の過程で最適化されている一方、欠損株では停止モチーフの狂いにより自身のプロテオームをスムーズに翻訳できなくなった、と解釈できます。

以上より、RlmAIIによるメチル化 はRibosome Stalling に関わっており、自身のプロテオームのセットを効率よく翻訳するために必要な部品であることが示されました。

総括

これまでリボソームRNAメチル化の意義は殆どわかっていませんでしたが、本研究により初めてRibosome Stalling に関わることが世界で初めて示されました。また、ノイズを抑えてRibo-Seqを実施する方法を確立することもできました。

B4から博士課程までの研究をまとめると、G748のメチル化のように自身のプロテオームのスムーズな翻訳に必要な菌株特異的な部位を標的として抗菌薬を開発すれば、菌株特異的でかつ耐性菌の出現しにくい抗菌薬の開発となるという抗菌薬開発の理論の基盤を提示することができました。

本研究は以下に論文として報告しました。

Shoji T, Takaya A, Kusuya Y, Takahashi H, Kawashima H (2021) Ribosome Profiling in Streptococcus pneumoniae Reveals the Role of Methylation of 23S rRNA Nucleotide G748 on Ribosome Stalling. J Genet Genomic Sci 6: 024.

私の哲学(Ph.d.)

博士課程までの上述の研究で、私は博士号(薬学)を取得しました。

私は上記の論文の中で、G748メチル化の消失などのNPETの構造異常に由来する不健康な状態について「Exit tunnel-induced ribosomopathy」と言う概念を提唱しました。

用いた生物は原核生物であり、また、非モデル生物肺炎球菌ですが「Exit tunnel-induced ribosomopathy」はヒトでも生じる可能性がある汎用性のある概念だと考えています。そして、本概念とその数学的な表現「翻訳速度ベクトル」は、細胞の状態やヒトの病気を記述する便利な方法であると考えています。

これまでの生命科学では、細胞の状態やヒトの病気を遺伝子とその発現量によって表記してきましたが、この手法には限界が見えています。すなわち、原因となる遺伝子が明瞭でない病気があるのです。具体的には、一部のがんや精神・神経疾患です。

一方、翻訳速度ベクトルは、ペプチドの長さに用いるpを無限にとばせば遺伝子による表現も含む形になり、またpを適切にとることで遺伝子数より遥かに多い次元を確保して細胞や病態のわずかな違いを捉えることができるものになります。そこで、翻訳速度ベクトルは遺伝子による細胞の状態の記述を拡張した概念であると言え、未だ理解の進んでいない病気の理解に欠かせない概念だと思っています。

遺伝子にとって代わる新たな細胞の状態の表現方法「翻訳速度ベクトル」。これが私の哲学・研究です。

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